Brionglóid
海賊と偽りの姫
新たな始まり
14
ルシアスは何度目かの苦い溜め息をついた。
忌々しげに、だがはっきりと告げる。
「勘違いしてもらっては困るが、俺はライラを使うのには反対だ。こいつを矢面に立たせるくらいなら俺が行く」
「もちろん、大立ち回りなんて駄目ですからね、頭領」
すかさず釘を刺すスタンレイに、ルシアスは舌打ちで返す。
提案したのは自分だと、替わってそう応えたのはファビオだった。
「ルースが表立って動けないのは、まあ理解するとしよう。だから俺とハルが先行するって言ってるのに、こいつらが一向に承知しないんでね。なら、名高い剣士であるセニョリータの手を拝借しようというわけだ」
ハルはファビオの隣に座って腕組みをしたまま目を伏せてじっと黙っていたが、名前を出されたことで彼を睨んだ。
「俺はまだ納得してないぞ。いくら手強い相手だからって、野郎どもがこれだけ雁首揃えてんのに、二十歳そこそこのお嬢ちゃんに一番槍委ねるなんて情けねえことできるかよ」
「俺とあんたじゃ力不足だって言われてるようなもんなんだ、仕方ないだろ」
ファビオは含みをもたせた言い方でハルに反論した。
「ハル、あんただって彼女の実力は認めてたじゃないか」
「そういう問題じゃねえ」
ハルはしかめっ面で短く応える。
彼から同意を得られそうにないことで、ファビオは苦い表情で嘆息した。まるで独り言のようにぼやく。
「俺だって、可能なら女性を守る側でいたいさ。こいつはあくまでも消去法だよ」
ここにきてまだ纏まる気配のない男達に、後から来た三人は途方に暮れるばかりだ。
船医は呆れ返って女剣士を見た。
「これだもんな。お前のというか、誰かの手を借りたくなるのもわからんでもない」
ライラも苦笑を浮かべるしかない。
そこで、バートレットがジェイクに向かって言った。
「要点の整理が必要ですね。コルスタッドは今、どこにいるんでしょうか?」
「そういやそうだな。おい、ルース」
と、ジェイクの呼びかけにルシアスが顔を上げる。
「ヴェーナの騎士様は今どこだ? 結構大事な部分なんだが」
「シュライバー邸に向かわせた。船にはいないから安心しろ」
ルシアスは、特に後半をライラに向かって告げた。
「エルセ嬢──シュライバーの令嬢の護衛をしてほしいと、ディアナから直々に依頼されたそうだ。本人としては、ご令嬢をここに匿わせてディアナ救出に動きたかったらしいが、海賊が苦手だという彼女を船に滞在させるわけにもいかなくてな」
「じゃあ、ライラとかち合う危険性は少ないか」
「一応、奴を監視しておくよう、ギルバートに言い含めてあるから大丈夫だろう」
ルシアスの答えに、ジェイクはぎょっとした。
「ギルバート、いないのかよ!?」
ライラとバートレットも驚いた。
エルセを屋敷に帰すにあたり、護衛としてロイの他に数名を同行させたとルシアスは言った。もちろん、この件に無関係ではないシュライバー本人との連絡役も兼ねてのことだ。
とはいえギルバートの不在は戦力的に痛い。敵の狙いから既に外れていそうなエルセの守りに回すよりは、能動的な動きの必要なこちら側に欲しい人材だった。
スタンレイも、困ったように言う。
「あのお嬢さんが、面識のあるギルバートだけは多少マシのようで。あいつを同行させないと、警護するのも難しかったんです」
「どんどん状況が厳しくなるな」
ジェイクが苦虫を噛み潰したような顔で呟く。横から、ライラは彼に告げた。
「私が行くよ、ジェイク。コルスタッドがいないのなら問題はない」
「馬鹿言ってんじゃねえ、ついさっきまで血の気引いてたくせに」
船医は有無を言わさない強い目つきで彼女を見返す。
「万が一、奴と顔合わせる羽目になったらどうする気だ? いいか。この世で絶対なんて言えるのは、生まれた人間がいつか死ぬってことだけなんだよ」
ライラはぐっと言葉に詰まった。しかし彼女は諦めず、負けじと視線に力を込めて船医に訴える。
「……でも、ここで退いたら名折れだ。行かせてくれないか」
「妙な自尊心で死んでちゃ世話ねえよ。俺はな、お前の検死なんて仕事させられるのはごめんなんだよ」
けんもほろろに却下され、ライラは悔しそうに唇を噛む。
そんなふたりのやり取りを眺めていたファビオが、不安そうに言った。
「なあ。疑ってるわけじゃないが、セニョリータの実力ってのは実際どの程度だ? 彼女の噂はよく聞いている。しかし、女性だってことで相手の油断を誘う前提じゃないよな?」
即答する者はいなかった。
それというのも、正確に評価をくだせる人間はこの船にはそう多くはないのだ。バートレットは加減された形での手合わせのみだったし、ライラと真っ向から戦った経験があるとすれば、この場に一人しかいなかった。
その当人であるルシアスは、言いたくなさそうな顔をしながらも口を開いた。
「剣なら俺と互角だ」
「すげえ」
思わず驚嘆の声を漏らし、それからファビオは不機嫌そうな顔つきの船医に視線を移した。
「じゃあ、ジェイク。あんたは何を懸念してるんだ?」
「まさにそれを説明しにここに来てるんだよ、俺は」
ふん、と鼻を鳴らしてジェイクが答える。
「ライラはコルスタッドに対して拒否反応を示すんだ。強い動揺を引き起こすらしい。いくら強いったって、戦闘時にそうなりゃ致命的だ」
しん、と部屋が一瞬静まり返った。
俯くライラを、全員が見つめた。
ルシアスはやや目を眇め、苦痛を押し出すように深く息を吐いた。顔に落ちかかってきた髪を無造作にかきあげて、きっぱりと告げる。
「ライラを出すのはなしだ」
「じゃどうすんだよ!」
ファビオが叫ぶのと、ライラが顔を上げるのはほとんど同時だった。
「ルース、私なら大丈夫だ」
「ライラ!」
咎めるジェイクを振り返り、彼女は言った。
「だって、他にないだろう!? 万が一のことばかり考えてたら何もできない! ディアナがどうなってもいいのか!?」
「んなこと言ってねえよ!」
言い合いをするふたりを横目で苦く見ながら、バートレットが軽く片手を上げた。
「頭領、提案なんですが」
「なんだ」
「陽動はどうでしょうか」
一同は金髪の青年水夫に視線を向ける。
バートレットは小さく咳払いをすると、改めて口を開いた。
「ライラを使うとしたら、コルスタッドの動きを止めておくのがまず第一条件です。しかしジェイクの言う通り、絶対はありえない。もう一部隊動かして、もしコルスタッドを止めきれなかったとしても、本体をそちらだと彼に認識させるんです」
その案に合点がいったスタンレイが明るい声を出す。
「その間にライラを隠して時間稼ぎをすればいいんだな。必要なら頃合いを見て、再度彼女の投入もできなくはない」
それから彼は、ルシアスのほうを見た。
「いいかもしれませんね、頭領。どのみち交渉相手はあなたを指定してくるはずだ。クラウン=ルース本人が動くと見せかけつつ、その裏でライラには、うちと無関係の人間を装って動いてもらいましょう」
「……。俺が囮になるわけか」
頬杖をついたルシアスは納得のいっていない様子だったが、囮になることそのものより、やはりライラのことが気がかりのようだった。
彼は船医に尋ねる。
「その方法については、どう思う?」
ジェイクは肩を竦めた。
「悪くはない。正面切って突っ込ませるより遥かにいい。だが、もうひとつ保険が欲しいな」
「保険?」
ルシアスが訊き返すと、ジェイクは頷いた。
「念の為、ライラの身元を伏せてくれ。仲間内で彼女の名前を口に出すのも控えさせたい、どこが取っ掛かりになって怪しまれるかわからんからな」
異論は出なかった。『ライラ・マクニール・レイカード』は良くも悪くも目立ち過ぎ、名前が出ればそちらに意識が向いてしまう。それでは陽動作戦も台無しだった。
周囲のその反応を見て、ルシアスは視線で船医に続きを促す。ジェイクは不敵な笑みを返した。
「丁度、既に出来上がってる隠れ蓑がある。事が終わるまで、こいつの名前はアラベラ・ベインズだ。バートレット・ベインズの妻のな」
ライラは目を瞬かせた。
提案者であるはずのバートレットは、呻き声を漏らして目を逸らす。ルシアスもそれを聞いてふたつ返事で快諾するはずもなく、彼は眉間に深い皺を刻んだ。
もちろん、船医はここまで想定した上で、バートレットを連れてきたに違いなかった。